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東京家庭裁判所 昭和47年(家)2120号 審判 1972年11月06日

申立人 相原浩治(仮名) 外一名

相手方 金井鉄男(仮名) 外一名

事件本人 相原勝(仮名) 昭四五・三・一四生

主文

申立人両名の本件申立を却下する。

理由

一  申立人等の申立

申立人等は「相手方等は申立人等に対し事件本人を引渡せ」との監護処分を求め、その申立の実情として述べるところは、「親に成人にならないうちは結婚してはならないと言われていたので、まして子供が生れたことなどは話す勇気がなく、いろいろと悩んだあげく事件本人を養子にしようと考え、相手方夫婦に事件本人を養子にする約束で渡してしまつたが、どうしても事件本人のことを忘れることができないので、養子の話を取消し、相手方夫婦から事件本人を返してほしいのである。」というのである。

二  当裁判所の判断

(一)  本件を子の監護に関する処分事件とすることの可否

本件は昭和四六年八月一六日申立人両名から調停申立がなされ、子の引取請求調停事件として、前後四回の調停期日が開かれたものであるが、双方間に意見の対立が激しく合意の成立する見込がないところから、調停不成立とならざるを得なかつたところ、最終の調停期日である昭和四七年二月二八日の調停委員会において、申立人両名に対し、本件調停を不成立にした場合、(1)本訴をもつて争う、(2)本件を子の監護に関する処分の審判手続に移行させる、のいずれを選択するかをただしたところ、同人等は右(2)の審判手続によることを希望したので、これを家事審判法九条一項乙類四号にいわゆる子の監護に関する処分事件として審理することにしたものである。

そもそも親権者はその親権に服する子を監護する権利を有するものであるから(民法八二〇条)、その監護権を妨害する者に対してはその妨害を排除する権利があり、子の引渡請求権もその一態様として認めることができるものである。しかし、親権者から委託を受けて第三者が子を監護する場合あるいは本件のように養子縁組を前提として養親たるべき者に子を引渡している場合等は、その第三者の子の監護状態は親権者の監護権の妨害ではないのみならず、そこには親権関係と監護関係の分離が形成されるのである。この親権関係と監護関係の分離は民法七六六条が当然予定しているところである。したがつて、かかる監護関係に変更を生ぜしめる場合、これを単に親権者の監護権にもとづく子の引渡請求権という平面でのみとらえることは不適当であるといわなければならない。けだし、子は右親権と分離された監護関係にもとづきその監護者との間に一定の監護状態を形成しており、その監護状態に変動をきたすことはその子にとつて一番影響するところ大であるからである。つまり、かかる場合は、子を中心にその変動の適否を決めることが必要であるといえるのである。これは正に子の監護に関する形成処分の対象となるべきものである。民法七六六条は離婚する父母間についての子の監護処分の規定であるが、これは事柄の性質上、第三者が子の監護者になる場合の監護処分にも拡大して適用するのが相当であると解する。

子の監護という問題を親権者を中心にしてではなく、子を中心にして考えるこの考え方は民法が親権の監護教育権を権利としてよりもむしろ義務として規定する(民法八二〇条)精神にも合致するものと解する。

(二)  相手方両名の事件本人に対する監護関係

筆頭者申立人相原浩治、同相手方金井鉄男の各戸籍謄本、相手方金井鉄男の上申書、事件本人についての品川児童相談所児童票写、当庁調査官補倭文民郎、同調査官水越玲子の各調査報告書によると次の各事実を認定することができる。

1  申立人両名はいずれも福島市出身で同一中学校の同級生という間柄で、昭和四四年五月頃より親しい仲となり、同年七月一緒に上京して同年一〇月より同棲するようになつたこと、

2  双方間に昭和四五年三月一四日事件本人が出生し、申立人美智子は同年四月八日非嫡出子としてその出生届をしたこと、

3  ところが、当時申立人等は一九歳といまだ未成年者であり、とくに申立人美智子において、事件本人をかかえての生活に不安になり、申立人相原浩治と別れて福島の実家(養親佐藤利夫、同キミエ)方に帰りたくなり、しかも養親等には事件本人の出生を秘密にしていたことでもあるから、どうしても事件本人を他人の養子にして手離したいと考え、昭和四五年八月品川児童相談所に赴き、その旨を強く申出たこと、

4  他方、相手方夫婦は、昭和三八年七月一二日婚姻したが、子がなく、昭和四五年六月品川児童相談所に里親登録をしてよき養子の口を探していたこと、

5  そこで、同児童相談所渡辺児童福祉司を介して、昭和四五年八月二五日同児童相談所において、申立人美智子と相手方両名との間で、事件本人を相手方両名の養子とする旨の合意が成立し、同時に事件本人を相手方両名に引渡し、その際同申立人は事件本人についての母子手帳およびへその緒も相手方両名に手渡し、今後事件本人の返還請求などしないことを確約したこと、

6  相手方両名は、相手方金井鉄男が株式会社○○営業局長の職にあつて年収約二六〇万円を得、現住所に木造二階建の住居(建坪一六坪)と土地(二二坪)を所有して、事件本人を引取時より「金井洋介」と名づけ同人との三人暮しの生活をし、相手方金井照子は母親役として生後五ヶ月のしかも発育の悪かつた事件本人をよく養育して明るく育てあげ、相手方両名と事件本人との間には愛情に包まれた密接な事実上の養親子関係が形成されてきたこと、

7  本来ならば、右引取時に相手方両名と事件本人との養子縁組届はなされて然るべきであつたのであるが、当時事件本人は非常に幼く発育も遅れている事情にあつたので、前記渡辺児童福祉司から右縁組届だけは少し待つてはどうかとの忠告もあつて、その縁組届を先にのばしたこと、

8  申立人美智子は昭和四五年九月申立人相原浩治と別れて前記福島市の養親方に帰つたこと、

9  こうして事件本人の親権者は申立人美智子ながら、昭和四五年八月二五日以降は完全に相手方両名の監護養育のもとに服するようになり、それも養子縁組を前提としており、戸籍上の縁組届出のみを未済にしている事実上の養親子関係が形成されたこと、

(三)  申立人両名の事件本人の引渡請求の経緯

前掲各証拠によると、次の各事実を認定することができる。

1  昭和四五年一二月頃相手方両名は事件本人との養子縁組届をすべく、前記渡辺児童福祉司に協力を依頼していたところ、申立人美智子の所在が不分明等の事情があつて日時を経過するうち、昭和四六年四月にいたり申立人両名とこのことについて話合うことになること、

2  申立人美智子は養親方に帰つたものの、再び申立人相原浩治と同居したくなり、昭和四六年三月上京して同人と同棲を再開し、あわせて同年三月一八日婚姻届を出し、同時に申立人相原浩治は事件本人の認知届を出したこと、これにより事件本人は申立人両名の嫡出子となり、両名がその共同親権者となつたこと、

3  申立人美智子は、その頃より事件本人を相手方両名より引取りたくなり、品川児童相談所に赴き、渡辺児童福祉司に対し事件本人の引取を申出たこと、

4  しかし、養子縁組を前提とした同申立人より相手方両名への前記引渡事情等を考慮して昭和四六年四月双方間で話合つた結果、当初のとおり事件本人を相手方両名の養子とすることで申立人美智子も再度了承したこと、

5  そこで、そのための手続として、相手方両名において申立人両名および事件本人の戸籍謄本を郵便により取寄せようとしたところ、その手数料(切手)の不足から申立人美智子の養親方に右不足分の請求が福島市役所からなされる破目となり、このことから右養親において申立人美智子に事件本人なる子があることがはじめて判明し、これを知つた養親が同申立人に対し事件本人の引取方をすすめる事態となり、申立人が再度相手方両名に対し事件本人の引渡を請求するようになつたこと、

6  しかしながら、相手方両名としては前記認定のごとき密接な事実上の養親子関係形成の事実より右引渡請求には全く応ずることができない心情にあること、

(四)  事件本人の監護者を相手方両名より申立人に変更することの適否

前掲各証拠によると次の各事実を認定することができる。

1  相手方両名のもとにおける事件本人の監護状態は前記認定のとおりであること、

2  申立人両名は申立人相原浩治が○○精機の研磨工員として働き月手取金五万円前後の収入を得、申立人美智子もクリーニング屋のパートタイマーとして働き月収金一万六、〇〇〇円位の収入を得て、住居はアパートの一室(六畳一間と半畳の台所)を賃借し、家賃月金七、五〇〇円の生活をしていること、したがつて、ここに事件本人を引取つて養育するのはかなりむずかしい環境にあること、この点申立人両名は事件本人を引取る事態になればその住居を変える意思を有すること、

3  相手方両名のものにおける監護状態と申立人両名のもとにおけるそれとを比較するとき、単に物質的な条件にかぎらず、その情緒的ないし精神的要素を加味して考えても、事件本人の監護養育については相手方両名においてはるかに優れたものがあること、

4  特に、事件本人にとつて生後五ヶ月より事実上の親子として養育してくれた相手方両名との間の円満な監護養育関係は非常に貴重なものであり、同人の今後の成長にとつても失うことのできない利益関係になつていること、

5  申立人相原浩治は、当裁判所の判断に従いたい意思を有すること、

6  申立人美智子も本件引取請求の意思は強いけれども、前記認定の経緯からみると、多分に養親の意向に影響されている面があり、それに同人はいまだ年齢若く本件要求が多分に情緒的判断によるところのものであること、

7  申立人美智子は、すでに昭和四六年四月において再確認できたように、自分のためではなく、事件本人のためにどうすることがその利益になるかを冷静に判断すべきであること、

以上認定の諸事情からすると、いま事件本人の監護関係を変更して申立人両名の監護に服せしめる実際上の必要性はこれを認めることができない。むしろ過去当事者の合意によつて形成されてきた相手方両名と事件本人との事実上の養親子関係を法律上のものとするべく、とくに、申立人両名とりわけ申立人美智子において熟慮再考を加えることが望まれる次第である。

したがつて、申立人両名の本件申立は理由がなく、よつてこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 渡瀬勲)

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